2. 政府による生活保障機能
繰り返して強調すれば、今から1世紀ほど前に形成された国民国家システムが、この世紀末に動揺し始めている。それは脱工業化社会あるいは情報化社会として象徴されるように、この世紀末に経済社会構造が大転換を遂げ、市場経済が国民国家の枠組みを乗り越え始めたからである。
これまで国民国家は、市場経済を国民経済として管理する司令塔として機能してきたが、市場経済が、国境を越え、ボーダーレス化し、グローバル化し始めると、国民国家が市場経済の司令塔として機能することが、市場経済の発展にとって桎梏となってくる。そこで国民国家が市場経済の司令塔として加えている規制を緩和しろ、国民国家が経営する国営企業を民営化しろという要求が強まってくる。世界同時的に規制緩和や民営化が、1980年代以降、先進諸国で政策課題として登場してくるのは、こうした歴史的文脈にもとづいているということができる。
このように国境を越え始めた市場経済をコントロールするには、EUのような国民国家を越える疑似国家国際機関やWTO(世界貿易機構)のような国際機構に、国民国家の権限を委譲せざるをえなくなってくる。しかし、こうして市場経済をコントロールして発展させていく国民国家の機能が縮小していくにしても、政府の役割は何も市場経済をコントロールし、発展させていくことに限定されているわけではない。
それよりもむしろ、政府の役割としては、「市場の失敗」から市民の生活を防衛するという市場経済のセーフティ・ネット機能のほうが重要だといってもよい。しかも、市場経済は国境を越えて外延的に拡大するだけでなく、市民の生活の中へ内包的に浸透していく。そのため、市場経済から市民の生活を防衛するという政府の機能も、拡大していくことになる。
市場経済は弱肉強食、優勝劣敗という競争原理にもとづいていく社会を編成してしまう。そのため社会の全領域に、市場経済を適用するわけにはいかない。幼児や老人、疾病者や失業者などという弱者や敗者は、市場経済の競争原理のもとでは生存していくことすらできないからである。
そこで、敵対的人問関係を前提とする市場経済を、共同体的人間関係によって構成される家族や地域共同体の内部では機能させずに、社会が市場経済の競争原理によって破壊されてしまうことを防いできた。幼児や老人、疾病者や失業者など弱者に対して、家族や地域共同体では共同作業や相互扶助によって、市場経済のように能力に応じてではなく、必要に応じて財やサービスを分配することによって、その生存を保障してきたのである。
ところが、市場経済が家族や地域共同体の内部に浸透し始め、家族や地域共同体の機能は急速に縮小していく。家族や地域共同体の共同作業や相互扶助は、主として女性の無償労働によって担われてきたが、女性の社会的進出とともに、担い手を失うことになる。
こうした共同作業や相互扶助は、外食などのように市場経済で代替できないわけではない。しかし、市場経済の競争に敗れてしまう敗者や弱者の生活を保障していくという共同作業や相互扶助の本来の機能を、市場経済は代替することができない。そこで共同社会の統合を任務とする政府が、こうした生活保障機能を代替していくことになる。

 

 

 

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